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福岡地方裁判所 昭和32年(ワ)1136号 判決 1960年1月12日

原告 国

右代表者法務大臣 井野碩哉

右指定代理人 小林定人

外二名

被告 株式会社正金相互銀行

右代表者 鶴喜代二

右訴訟代理人弁護士 植田夏樹

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告指定代理人は、「被告は原告に対し金十万五千円及びこれに対する昭和三十二年五月二十七日以降完済まで年六分の割合による金員を支払うこと。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

その請求原因として、

「一、訴外成田恵子は、昭和三十一年十月四日現在において、昭和二十六年度ないし昭和三十一年度所得税合計金八十三万九千三十円を滞納している。

二、同訴外人は、被告銀行に対して日掛相互掛金契約(契約番号五ノ五八二九号、満期日昭和三十二年五月二十五日、右満期日に受取るべき契約金三十万円)に基く掛込金払戻債権を有する。

三、よつて博多税務署収税官吏は、昭和三十一年十月四日国税徴収法第二十三条の一第一項に基き右訴外人の被告銀行に対する前示債権を差押え同日その旨被告銀行に通知し右債権差押通知書は翌五日被告銀行に到達した。(なお同通知書を以えて被告銀行に対し差押債権の支払を昭和三十二年五月二十六日(満期日の翌日)までに原告になすよう通告がなされた。)

四、その後、右訴外人と被告銀行との前示相互掛金契約は解約されたが、同契約の約款に基き、被告銀行はそれまでの掛込金合計十万五千円を右訴外人に払い戻すべき債務を負担するに至つた。このいわゆる解約返戻金債権は前示差押にかかる掛込金払戻債権と同一性を失うものではないから、原告は右訴外人に代位して、その滞納税金額の範囲内である右解約返戻金十万五千円及びこれに対する前示債権差押通知書で指定の支払日の翌日である昭和三十二年五月二十七日以降完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及ぶ。」

と述べ、

被告の抗弁に対し、

「被告銀行がその主張の如き貸付金債権を訴外成田に対して有すること及び被告主張の日主張の如く相殺の意思表示が被告銀行から右訴外人に対してなされたことはこれを認めるが、被告銀行の訴外人に対して有する右債権は本件差押当時には未だ弁済期が到来しておらず、従つて相殺適状となつていなかつたから、被告は右相殺を以て国に対抗し得ないものである。

この点に関し、被告銀行と右訴外人との手形取引約定には、借主たる右訴外人が差押を受けた場合において借受債務の全額について弁済期が到来したものとして被告銀行が、訴外人の同銀行に対する掛込金債権その他の預金債権と任意に相殺するも異議ない旨の条項があるけれども、右条件充足の事実が発生すれば当然に弁済期が到来するものではなく、被告銀行において右条項を働かせようと思えば、そのための特別の意思表示をなすことを要するものであるところ本件差押当時被告銀行において右条項を働かせ本来の弁済期を変更させる形成権を行使したと認められる何等の事実も存しない。従つて被告の抗弁は理由がない。」と述べ

証拠として≪省略≫

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、

「訴外成田恵子が原告主張の日現在においてその主張の如き所得税の滞納をしている事実は不知であるが、同訴外人が被告銀行に対し原告主張の如き日掛相互掛金契約に基く掛込金払戻債権を有すること、同債権に対し国税徴収法による収税官吏の差押が原告主張の如くなされ、該差押通知書が昭和三十一年十月五日被告銀行に到達したこと、同通知書を以て、右被差押債権の支払を昭和三十二年五月二十六日までに原告になすよう被告銀行に対する通告がなされたこと、右通知書到達の後右訴外人と被告銀行との前示相互掛金契約が解約されたこと、及び被告銀行が右解約により、それまでに掛込を受けた合計金十万五千円を右契約の約旨に基き解約返戻金として右訴外人に支払うべき債務を負うに至つたことはすべて争わない。

しかし、被告銀行は一方、手形取引約定に基き昭和三十一年八月三十一日右訴外成田に対し、金二十万円を貸付けており、(当初約定の支払期限は同年十月二十九日であつたが、同年十一月十日支払期限が同年十二月三十一日に延期された。)これに対し同訴外人から昭和三十二年四月二十五日内金九万五千円の弁済を受けただけで右貸付残額金十万五千円の支払を得なかつたので、同年五月二十七日被告銀行は右残額債権を以て、同訴外人が被告銀行に対して有する前記解約返戻金債権と対当額につき相殺する旨同訴外人に意思表示した。

よつて、原告より差押えられた右訴外人の被告銀行に対する本件右解約返戻金債権は、被告のなした右相殺により全額消滅したものであるから、原告の請求は失当である。

なお、被告銀行の右訴外人に対する右貸付金債権は、前示手形取引約定の約旨上本件差押と同時に弁済期が到来し、相殺適状に達したものであるが、たとえ原告主張の如く本件差押当時は弁済期未到来の債権であつたとしても、同債権の発生即ち被告のその取得は、本件差押以前であるから、被告の前示相殺は原告に対抗し得るものである。」と述べ、

証拠として≪省略≫

理由

訴外成田恵子が原告主張の日現在においてその主張の如き所得税の滞納をしていることは、成立に争ない甲第一ないし第三号証と証人成田収の証言によつて認め得るところであり、同訴外人が被告銀行に対し原告主張の如き日掛相互掛金契約に基く掛込金払戻債権を有するところから、同債権に対する収税官吏の国税徴収法に基く差押が原告主張の如くなされ、該差押通知書が昭和三十一年十月五日債務者たる被告銀行に到達したことは、当事者間に争のないところである。

しかして、右差押通知書到達の後に、右訴外人と被告銀行との前示相互掛金契約が解約されたこと、及び被告銀行が右解約により、それまでに掛込を受けた合計十万五千円を右契約の約款に基き解約返戻金として右訴外人に支払うべき債務を負うに至つたことも当事者間に争がない。(右解約のなされた日は、成立に争ない乙第二号証と証人上田忠、同大中正実の各証言によつて、昭和三十一年十一月十日と認められる。)

なお、右解約返戻金債権が前示相互掛金契約に基く債権であることは、前叙の如く当事者間に争なく、且つ成立に争ない甲第四号証乙第二号証に照らして考えれば、右債権は前示被差押債権たる掛込金払戻債権と同一性を有するものと判断できる。

ところで一方、被告銀行がいわゆる手形取引約定に基き右訴外成田に対し、昭和三十一年八月三十一日金二十万円を貸付け、これに対する内入弁済を経て、昭和三十二年五月二十七日現在の右貸付残額が金十万五千円となつていること、及び被告銀行において右訴外人に対し昭和三十二年五月二十七日、右貸付残額債権と右訴外人が被告銀行に対して有する前示解約返戻金債権とを対当額につき相殺する旨意思表示したことについても当事者間に争がない。

そこで、右被告の相殺が差押債権者たる原告に対抗し得るか否かについて判断する。

そもそも国税の徴収は、納税人の財産を以てその引当てとすべく納税人以外の第三者に損害を及ぼさないことを原則とし、国税徴収確保の必要上、その徴収につき納税人以外の第三者に損害を及ぼさなければならないような場合は例外に属し法律に明らかな規定があるときに限られるべきこと、従つて、国が国税徴収のために納税人の第三債務者に対する債権を差押えた場合においても、国は差押によつて被差押債権の取立権を取得し、納税人に代つて債権者の立場に立ちその権利を行使し得るだけであり、第三者たる第三債務者の有する相殺権の行使までも制限するものでないと解すべきことは、昭和二十七年五月六日最高裁判所第三小法廷判決(最高裁判所判例集第六巻第五号五一八頁所載)が判示するとおりである。

しかも前示乙第一ないし第三号証並びに証人上田忠、同大中正美の各証言によつて明かな如く、本件における第三債務者たる被告銀行の有する反対債権(手形取引約定に基く貸付金債権)と被差押債権(相互銀行に対する相互掛金契約に基く掛込金払戻債権)とはその発生の時から相互に緊密な保障的機能を営んでいるものであつて、本件差押前既に第三債務者たる被告銀行としてその相殺につき強い期待をもつ関係にあつたものというべく、債権対立の関係がこのような実質をもつ場合には、国税徴収のための債権差押にあつても、差押債権者に相殺を以て対抗できる反対債権は、第三債務者が差押前に取得したものであれば足り右差押当時既に弁済期到来の債権であることを要しないと解すべきである。

しかして、本件相殺の自働債権たる被告の訴外成田に対する貸付金債権が本件差押前に被告の取得にかかることは前示の如くであるから、本件差押当時右債権の弁済期到来の有無につき判断するまでもなく、被告のなした右相殺は受働債権に対する差押債権者たる原告に対抗し得るものというべく、(被告銀行が相殺の意思表示をした昭和三十二年五月二十七日当時相殺適状にあつたことは原告の明かに争わないところである。)右差押にかかる訴外成田の被告銀行に対する本件解約返戻金債権は相殺によつて全額消滅したものといわねばならない。

よつて、右債権の存在を前提とする原告の本訴請求は失当として棄却されなければならないところであり、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(判事 安倍正三)

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